うそはうそであると見抜ける人でないと難しい ―フェイクニュース騒ぎのたびに思うこと―

アメリカの大統領選の際、アメリカだけでなく世界中にフェイクニュースが流れ、世界中が大騒ぎになったことを、覚えている人は相当多いのではないかと思います。

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最近もフェイクニュースは減る気配もなく、テレビ番組がつい最近特集を組んだりもしていました。

そこで、私が思ったことを書こうかな、と思った、というわけです。


うそはうそであると見抜ける人でないと難しい

突然ですが、「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」という言葉をご存知でしょうか。

え? 知らない?
正直ここまで来ている人には知っておいてもらわないと困るんですが・・・

まあ、説明すると、2000年に西鉄バスジャック事件(日本のバスジャック事件において人質が死亡した初めての事件)が発生した当時、その犯行予告が書き込まれた「2ちゃんねる(当時は2ch.net、現在は2ch.sc)」の管理人をしていた西村博之がテレビの取材で発した言葉で、メディアリテラシーについて語った言葉として、ある意味、一言ですべてを表していると言えます。

ネットの掲示板、SNS、ブログ、ニュースサイト、その他あらゆるサイトには、正しい情報から勘違い、真っ赤な嘘まで、ありとあらゆる情報が書き込まれています。その情報から、本物の情報と偽物の情報を識別して、正しい情報を入手するには、読み手側の能力が重要になります。その能力を「メディアリテラシー[1]」と言います。

フェイクニュースが事件を起こしてしまうのは、読み手側が本物の情報と偽物の情報を識別できていないがためなのです。

日本人はメディアリテラシーが特に弱く、情報をすぐに信じ込む人などが多い[2]ということがわかっています。

そこでもう1度、「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」という言葉を思い出してください。
もう、おわかりですよね?

このブログの記事も含め、ネットの情報を100%信じ込まないでください。
何かの情報があった時、それが本当であるかどうかは調べていけば大体わかります。
検索という便利なツールがネット世界には存在するのですから、調べるのは簡単です。
ネットの情報を100%信じ込まない、これがネットでフェイクニュースに踊らされないために必要なことです。

逆に、「じゃあテレビや新聞を信じればいいのか」、そうでもありません。
メディア」リテラシーです。
テレビや新聞も、自分たちの意見や意志に基づいて情報を変えたり、報道しなかったりしますし、記者がフェイクニュースに踊らされないとも限らないのですから。


今回の結論:何事も過信と鵜呑みは禁物だ
(勝手にリンク貼ってるんでリンク先にこの記事のこと書かないでくださいね)


注釈
  1. ^ テレビ番組や新聞記事などメディアからのメッセージを主体的・批判的に読み解く能力。リテラシーというのは「読み書き能力」のことで、読む力と同時に書く力も含む。情報をうのみにせず、どんな意図で作られ、送りだされているかを自分の頭で判断する。そしてそれを通じて自ら情報発信する力を身につける。(出典:朝日新聞出版発行「知恵蔵」)

  2. ^ 先進国で最もマスコミを鵜呑みにする日本人 などより。


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